村正

Last-modified: Wed, 12 Jun 2019 19:32:05 JST (425d)
 

主要資料(専門書・論文・図録)

S44佐藤貫一「伊勢国村正とその一門の研究 -主として茎と銘字から見た時代区分」『寒山小論文集』165~184p
(論の初出はS38に行われた研究発表、論文としてはS38『刀剣美術 83号』)
H28(2016)『村正 -伊勢桑名の名工-』桑名市博物館
 福井款彦「伊勢桑名の名工 村正~その虚と実~」を収録
H29 原史彦「「刀 銘 村正」の伝来と妖刀村正伝説」『金鯱叢書 第45輯』27p~(PDF37p目~)
徳川美術館ウェブサイト >調査・研究・教育 >出版・刊行物 >金鯱叢書 >バックナンバー
H30(2018)『村正II -村正と五箇伝-』桑名市博物館
 杉本竜「《刀 銘 村正 妙法蓮華経/永生十天癸酉十月十三日》の伝来について」を収録
 

諸説

師匠(ないし関わり深い)とされる刀工

戦後の諸説
平安城長吉(関連ありとして)
2000年 小笠原信夫『日本刀の鑑賞基礎知識』至文堂 226p
(師ではなく相互の関連として)
2018年『京のかたな 匠のわざと雅のこころ』142p
正宗師匠説の否定2000年 小笠原信夫『日本刀の鑑賞基礎知識』至文堂 226p
之定(関連ありとして)
2000年 小笠原信夫『日本刀の鑑賞基礎知識』至文堂 226p
戦前あるいは典拠なし
正宗(読み物内の解説で。記録はないと書くが肯定的。)
T1年 羽皐隠史『英雄と佩刀』61p62p

「村正」銘の代数

戦後の諸説
3代説S44 佐藤貫一『寒山小論文集』165p
戦前あるいは典拠なし
4代(講演で聞いたため出典なし)
徳川美術館の村正について、かつて「4代の作品であろう」という評価がされたことがある
(読み物内の解説として)
T1年 羽皐隠史『英雄と佩刀』62p 
 

妖刀(?)伝説

徳川家との関連
繰り返し語られる内容は以下のとおり。
1家康の祖父殺害に使われた刀が村正である
2家康の父殺害に使われた刀が村正である
3家康の嫡男、信康の切腹の介錯に使われた刀が村正である
4家康の幼少時、誤って手を傷つけた小刀が村正である 
5関ケ原時、誤って手を傷つけた槍が村正である
ただし、古い記録類の中でもこれらの記述には異同があることが指摘されている。
(H29「「刀 銘 村正」の伝来と妖刀村正伝説」)
 
派生
田中重義改易事件
松平外記事件
 
さらに広がる枝葉
真田幸村が大阪の陣の際村正を持った(該当の記述が水戸光圀公の文書にあるらしい)
T1年 羽皐隠史『英雄と佩刀』57p
※ただし、真田「幸村」は軍記由来の名であるため、あとづけの可能性を考えたほうがよいと思われる。
文久二年に梅村なる人物が村正を手に入れ、のちに人斬りに使った。
T1年 羽皐隠史『英雄と佩刀』59p、60p
北海道における口碑に、村正にまつわるものがある。
レファレンス共同データベース:『北海道いがいいがい物語』(合田一道 著 幻洋社 1990 p97-100)内にある「妖刀・村正の怪異」について記述のある資料を知りたい。